SKA-JPが推進するサイエンス

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イントロダクション(竹内)

Square Kilometer Array (SKA)とは、21 世紀に続々と計画されている大型観測装置の一つであり、物理学の基本法則、宇宙の誕生と進化、銀河系の構造、惑星の形成や分布、そして宇宙生物学を詳らかにすることを目指している。 他の多くの電波望遠鏡と同様、SKA も干渉計タイプ、つまりアンテナを少なくとも3000km以上にわたる非常に広い範囲に離散的に設置する形態を取る。 干渉計の特長は、装置全体が完成する前から科学研究を遂行することができることである。

SKA の場合もいくつかのPhase が計画されている。 SKA Phase 1 は全体の10 %が完成した状態を想定しており、装置の完成はPhase 3となる。 しかし現在計画全体の焦点はPhase 2に置かれており、Phase 3は EVLA や ALMA の結果を踏まえてアナウンスされることになっている。SKA Phase 1 でも、装置としては十分に強力なものとなる。SKA Science Case はキーサイエンスプロジェクト(KSPs)と呼ばれるいくつかの中心的サイエンスの課題からなる。SKAでは以下の5つの KSP が議論されている。すなわち

1) 宇宙暗黒時代と再イオン化期の検証,
2) 銀河進化、宇宙論、ダークエネルギー,
3) 宇宙磁場の起源と進化,
4) パルサーおよびブラックホールによる強重力場の検証,
5) 生命の誕生,

である。これらに加え、サイエンスコミュニティからの SKA への要求として「未知なるものの発見」を念頭に置いた開発設計を求められている。このため、SKA は最大限柔軟かつ発展性のある設計となるよう開発されている。SKA が最大の能力を発揮する2020年から2050年、科学の基本的問題意識は現在まったく知られていないものであろう。 いくつかの SKA によるサイエンスからの要求は極めて高いもので、これらがシステムレベルデザインとみなされる。

Fractional instantaneous bandwidth Δν/νは現在稼働中の装置(EVLA, ATCA, GBT など)で1程度である。よってSKAでは少なくともこのレベルは達成する必要がある。この値が大きければ、連続波観測はもちろん、輝線観測でも高い効率でのサーベイが可能になる。分光のベースラインはまっすぐであることが理想である。相関器の積分時間は視野の端で時間平均によるスメアリングが2%を超えない程度になる必要がある。スペクトル分解能は同じく視野の端でバンド幅によるスメアリングが2%を超えないようにする必要がある。電波干渉での要求はより高く、サイトにも依存するであろう。

サーベイの「オンスカイ」時間とは、研究、オペレーション、および社会的目的に使われる望遠鏡時間の合計である。 2 年のサーベイを完了するためには、計5年程度の実時間が必要になる。深探査のための積分時間はサーベイの場合と同様研究、オペレーション、社会的側面を持っている。1000 時間 (3Ms)の深探査では、その3倍程度の時間がかかるであろう。全ての KSP でサーベイ観測は重要な地位を占めている。また稀少天体の発見とその追観測もサーベイを行う強い動機である。よってSKA の観測では、大型チームないしコンソーシアによる大型サーベイと、個人ないし小さなチームによる指向観測のバランスを取る必要が出てくるはずである。このバランスはまた装置のライフタイムの中で変化していくであろう。現状では、SKA のオペレーションの詳細は未定であり、サイエンスはこのような問題はひとまず度外視して進められている。

宇宙磁場の深視野・広視野偏波観測(赤堀)

磁場は重力相互作用に次ぐ不可欠な要素である。天体間、銀河スケール、さらに大域的 な磁場の構造と起源は宇宙全体の磁場の構造と起源に結びつけて議論できる。SKAの主要 科学目標「宇宙磁場の起源と進化」は宇宙論的時間での宇宙の磁場の進化と構造を追跡 する目的をもってシンクロトロン放射・偏光・ファラデー回転の高感度観測を提案する。 シンクロトロン放射、ファラデー回転いずれも非常に高い感度が要求され、かつ広視野 の情報が必要であるため、SKAによる観測が必要不可欠である。深視野観測は広視野観測 に付随する。宇宙論的時間の磁場進化を探るための高赤方偏移天体の研究のために欠か せない。
他波長での観測が得られるかどうかは深視野の探査領域決定に重要である。なおかつ 天の川の前景RM構造が平均で1 [rad m-2]未満の領域40平方度が望ましい。広視野観測で は全天を探る。太陽障害とイオン圏変動を避けるため夜の観測が望ましい。かつ系外電 波源は電波強度・偏波強度共に時間変動が見られるので、1ショットは一夜12 時間以内 で積算するのが望ましい。その他要求は表参照のこと。

深視野観測と広視野観測の研究目的は次のとおり
z=0-3の銀河・銀河群・銀河団の磁場構造と強度(深広)
銀河間磁場の探知、宇宙の磁場幾何のマッピング(深広)
銀河とAGNの光度関数の立証(深)
幅広い光度&高赤方偏移に渡る磁場特性の決定(深)
天の川銀河のkpc(円盤・ハロー)からサブpc(乱流)までの3次元磁場構造の決定 (深)

各論は次のとおり

・渦巻き銀河(星形成銀河)の磁場の進化(4.3.1): 星形成銀河は宇宙進化の重要な要素 を探知する。星形成銀河の磁場を理解することは宇宙の構造進化の中での磁場の役割を 理解することの中心にある。大局的な星形成率やその他の銀河進化のトレーサーと磁場 進化を結びつけるために、銀河の偏光は他の観測量と比較できるだろう。

・銀河のダイナモ理論のテスト(4.3.2, 5.3.2):ダイナモ理論による磁場増幅の検証。100 万を越える銀河を使って、銀河の中に大局磁場が出現するのを赤方偏移の関数や銀河の サイズの関数で探知し、ダイナモ理論を検証する。また銀河の固有な磁場構造、環境効 果や銀河形態の効果も議論する。

・銀河群や銀河団の磁場(4.3.3, 5.3.3):赤方偏移3に至るまでの銀河群と銀河団の磁場 構造と強度の時間発展を調べる。最遠方では宇宙の大局磁場の起源・種・初期増幅につ いて研究できるだろう。

・前景の天体や銀河間物質のRM(4.3.4, 5.3.4):深探査では25,000 RM/deg2の高密度なRM グリッドが得られる。これで天の川銀河ハローのMHD乱流、近傍銀河・銀河群・銀河団の 磁場探査ができる。宇宙大規模構造の銀河間磁場のRMは非常に弱いと考えられるが、こ れも初めて実証できるだろう。

・天の川銀河RMのばらつき(5.3.1):天の川銀河の磁場の性質を特徴付けるために、大局磁 場とランダム磁場の両方を完全に描写しなくてはならない。それぞれが出現するスケー ルまでRM構造を分解し、磁場の性質を明らかにする。

・未知の探査(4.3.5):暗い電波源の偏波変動とか

SKAによる宇宙論・銀河の進化の研究(平下)

SKAでは、その高い感度と広視野を活かして、高赤方偏移までの多数の銀河サンプルを 取れることが期待される。また、広帯域により幅広い赤方偏移zの水素原子の21 cm線を 観測することが出来る為、中性水素(HI)をトレーサーにして銀河進化や宇宙論に関する 研究を行うことも可能である。宇宙論・銀河進化の分野で具体的に検討されている観測 課題は以下である(The Square Kilometre Array Design Reference Missionに準拠)。

(1)連続光による宇宙の星形成史の解明
 銀河の電波連続波光度は、星形成率のよい指標であることが知られている。従って、銀 河を遠方(高赤方偏移)まで電波連続波で検出出来れば、宇宙のどの時期にどれくらい宇 宙全体で星が作られてきたかを明らかにできる。現在、高赤方偏移で電波がサンプルする ことの出来る銀河は激しい星形成を行っている銀河のみに限られるが、SKAでは、zが7 程度まで星形成率が25太陽質量/年の比較的「普通」の銀河も観測することが出来る(図 1)。また、0.1 Gpc3程度の体積をサーベイできれば、宇宙の星形成史を明らかにするに 足るサンプルが得られる。


(2)中性水素(HI) 21 cm輝線によるz = 0-2の銀河の観測  ガス(H I)によって銀河進化を明らかにすることもSKAの特徴的なサイエンスの一つであ る。SKAでz = 2程度まで、中性水素の質量が5 x 10^9 Msun程度(通常の渦巻き銀河程 度)の銀河を観測することにより、銀河のガス質量がどのように進化してきたのかを明ら かにする。また、速度分解能は数km/sで、渦巻き銀河の中性水素ガスの特徴的な速度分 散(主に乱流成分)や、矮小銀河のVirial速度を分解でき、星間ガスの運動を明らかに できる。


(3)中性水素吸収線によるz = 0-8の銀河の観測  これは、(2)に対して、吸収線に着目するところに特徴がある。吸収線は、背景に明 るいソース(この場合は主にクエーサー)さえあれば、輝線に比べて比較的容易に観測で きる。また、吸収で見る方が放射で見るよりも明るい銀河にバイアスしないという利点も ある。更に、可視の観測では、ダストの多い天体は背景のクエーサー自体を減光してしま うので、サンプルから漏れるが、電波ではそのような心配はない。そこで、SKAでは、無 バイアスにH Iの吸収線のサーベイをz = 0-8の銀河(H I吸収天体)をターゲットに行う ことを目指す。(2)と同様、高い速度分解能により、星間ガスの運動を明らかにでき る。


(4)宇宙再電離(HI tomography)  宇宙は銀河が作った星から放出される電離光子で再イオン化したと考えられているが、 その時期については、WMAPやクエーサーの観測により、zが6と20の間という程度しか 分かっていない。また、再電離がどこからどのように起ってきたかということに関しては 尚更分かっていない。SKAでは、z > 6のH Iを直接観ることにより、宇宙再電離の様相を 明らかにすることを目指す。HIは線輻射である為、その赤方偏移の違ったものを区別す ると宇宙をスライスして観測することができる。この手法をH I tomographyと呼ぶ。図 2に、左からz = 12.1, 9.2, 7.6でのFurlanetto et al. (2004)のシミュレーションによっ て得られたH Iの輝度温度の空間分布を示す。


(5)HIバリオン振動  バリオン振動は、宇宙が高温で電離していた時代(recombination前)、バリオンと光子 が織りなしていた音波の振動の名残であり、どのスケールで振動が見られるかは、宇宙論 パラメータによる。従って、HIの分布を宇宙の密度のトレーサーとして使い、どのス ケールで振動が見られるかを明らかにすれば、宇宙論パラメータに強い制限を与えること が出来る。HIの大規模サーベイはこの目的にも使うことができる。


図1. 様々な観測機器の5σ検出限界と、理論から予想される1.4 GHzフラックス。様々な赤外光度の銀河 について示している。実線は磁場強度が10 μG、点線は100 μGの場合。紫外線で既に観 測されている銀河。

図2. 左からz = 12.1, 9.2, 7.6でのFurlanetto et al. (2004)のシミュレーションによって得られたH Iの輝度温度の空間分布を示す。

SKAによる宇宙生命研究(今井)

概要
これは、SKA のキーサイエンス“The Cradle of Life/Astrobiology”として位置づけら れているものである。宇宙のどこかしらでの生命の存在というのは、千年来推論の域で しかなかったが、20世紀後半には星間空間での有機質分子や原始惑星円盤、さらには 恒星の周りを公転する惑星そのものの発見などの観測データによって情報が提供され始 めた。星形成過程の理解は、初代星の誕生から銀河系内のどこかしらでの生命誕生に至 るまでの過程の理解に関連付けられる。電波観測は、星誕生の現場で見られる星間塵に よる減光には邪魔されない。SKA では、センチ波帯での原始惑星円盤中心付近からの熱 的ダスト放射を撮像し、惑星形成過程を追跡することができるはずである。より大きい 空間スケールでの分子雲では、SKA により生命誕生につながる複雑な分子の探査が進む であろう。さらに、SKA によって地球外文明からの漏れ出し電波を検出できれば、それ は即、直接的に、宇宙のどこでも生命が発生するという証拠を与えることになる。SKA Phase 1 ではこのテーマでの観測は限定的だが、Phase 2 以降より高い周波数帯のカバー も含めて感度と角分解能が上がることによって本格的な探求が進む。


1. 生命発生につながる物質(分子)の探査
Table 3.1, 3.2 にあるように、それぞれPhase 2、3でカバーする周波数帯では複雑な 有機質分子が検出され、その種類が増えてきている(Hollis et al. 2004, 2006; Lovas et al. 2006; Snyder et al. 2006; Belloche et al. 2008, 2009)。これらは主に大質 量星形成領域で発見されており、高温・高密度の環境(hot core)で生成されたものであ る。これらの分子が原始惑星円盤や惑星に取り込まれる可能性があり、惑星上の生命系 の進化に直接インパクトを与えるかもしれない。また、原始惑星円盤自体が多様な分子 を生成する現場かもしれない。原始惑星円盤からはまだこういう分子は検出されていな いが、ある円盤の範囲ではhot core と似ており、やがてこういう分子が生成するように 進化するかもしれない。円盤表面では紫外線・X 線に曝されていても円盤中央面ではこ れらは遮られ、氷マントルから塵ができるだろう。SKAでは、各種分子の柱密度が1013 cm-2 以上の星間雲でこれら分子輝線の検出を想定している。これら分子の典型的な Einstein A 係数の値は10-11―10-8 s-1 程度である。このような探査を100 個の星系に ついて速度分解能10 km s -1、角分解能0.5”で行う。



2. 星形成/原始惑星系円盤の撮像
特に原始惑星系円盤のSKA による撮像については、密度波として円盤中の様々な構造の 固有運動の直接追跡が期待される。できたばかりの微惑星と円盤との相互作用によって、 このような密度波や密度ギャップが形成されることが示唆されている。最近では、原始 惑星円盤を取り巻くHI ガス雲の直接撮像がSKA に期待されている。さらに、知的生命体 が居る惑星の所在を明らかにする上でも惑星系の撮像が重要である(Morganti et al. 2006)。原始惑星円盤の撮像にはALMA との共同観測が重要である。当初20―35GHz 帯でのダスト熱的放射の撮像が想定されていたが、サブμm 程度のサイズを持つ塵から の放射を10GHz 以下の周波数バンドでの撮像の重要性が指摘されている。塵が成長する につれて塵の集積が進まなくなるのという障壁を乗り越えてmm サイズの塵へと成長でき るのかという重要な課題がある。実際eMERLIN ではこれに関するレガシープロジェクト 観測”PEBBLES(水晶)” が進行している。
Phase 1 ではAU スケールを分解できる角分解能は得られないので、追加的な科学的目標 として挙げられている。
Phase 2 以降でそれが可能となる。eMERLIN やEVLA での経験を 元に、この分野からPhase 1 でどこまで寄与できるのか検討する必要がある。原始惑星 円盤の撮像のためには、~100 nJy/beam 程度の感度と1000km 程度の基線長が必要である。


3. 知的生命体探査(SETI)
従来からの地球外文明からの通信信号のモデルでは、その他の星の文明でも受信できる ような狭帯域幅の「ビーコン」という信号モデルを想定している。現在の電波望遠鏡の 感度では、「漏れ出し」、すなわち不要な放射信号を検出することはできない(Tarter 2004)。この状況はPhase 1 でも変わらない。他の要素が変わらないとすれば、極めて狭 帯域(1Hz)ならばトータルパワーが少なくてもより検出可能性が高まるが、Phase 1 では 実現しない(周波数分解能2 kHz)。しかし、パルサー探査モードならば追加的信号処理 によってそれは可能であろう。また、我々の文明自体が広スペクトル信号を使っている ことから動機付けられるが、このような広帯域信号を探すことへの関心は増すだろう。 Phase 1 でもこのような探査は可能である。


参考文献 The SKA Design Reference Mission: SKA-mid and SKA-lo ver. 1.0 SKA DRM: SKA Phase 1 SKA Memo Series 135: Very High Angular Resolution Science with the SKA

SKAによるAGN研究(伊藤)

全銀河の約数%はその中心に、活動銀河核(AGN)と呼ばれる銀河全体を凌駕すうような エネルギーを放出している領域を持っている。AGNの激しい活動は100万から10億倍もの 大質量ブラックホールへのガスの降着による重力エネルギーの解放に起因しており、一 部の天体では放射だけでなくジェットやウィンドといったアウトフローを伴う事が知ら れている。また、AGNの活動は銀河や銀河団のガスに多大な影響を与えるため、宇宙の進 化に多大な影響を与えていると考えられている。SKAは、その高い感度と空間分解能により、AGNの宇宙・銀河の進化における影響や、降着流やジェットなどの物理的性質を明ら かにする強力なツールになると考えられている。以下に検討されている研究テーマを示す。

(1)星形成銀河に埋もれたAGNの探査
AGNと星形成が活発な銀河は両者共に電波で強く輝くため、AGNの宇宙・銀河の進化にお ける重要性を調べるためには観測から両者の識別する必要になる。両者の大きな違いは 放射源の大きさであるため、表面輝度によって識別する事ができる(AGN:Tb>105K, 星 形成銀河Tb<105K)。SKAではz=7程度までの宇宙まで、両者の識別が可能になると 考えられている(図1;最大基線長3000km)。


(2)中性水素(HI)吸収線から探るAGN近傍領域
AGNの近傍に存在しているトーラス、ディスクやアウトフローには中性水素(HI)が含ま れている。HIはAGNからの電波放射を吸収するため、HIによる吸収線を観測する事によっ てAGN周辺のガスの構造・運動や、AGNによる周辺のガスへの影響を調べる事ができる。 SKAでは近傍から遠方の宇宙(z=8)のAGN近傍の環境をHI吸収線から明らかにする事が可 能となる


(3)最遠方のAGNジェットの探査
遠方のクェーサーの観測から、大質量ブラックホールはz=7以前の宇宙に存在していた事 が知られている。最遠方のAGNはジェット形成によって最初の星や銀河の形成・進化に重 要な影響を与えたと考えられている。これらのAGNジェットは周囲のガス密度が高いため、 サイズがコンパクト(およそ10-50ミリ秒角)でスペクトルにピークを持つ(ピーク振動 数~0.1-1GHz)電波源となる事が予想される(図2)。SKAでは広視野、高分解能を活かし、 全天サーベイを行う事によってこれらの最初のAGNジェットを探査する事ができる。


(4)AGNジェットの構造・性質
AGNジェットは伝搬する際に、衝撃波の形成や流体力学的不安定性によって複雑な構造を 形成する。また、衝撃波によって減速したジェットはコクーンやシェルといった広がっ た構造を形成する。これらの構造は無衝突プラズマからなっており、加速された電子が 電波を放射している。SKAではAGNジェットのpcスケールからkpcスケールまでの構造を撮 像する事ができる。これにより数値シミュレーションや理論モデルとの詳細の比較が可 能となり、ジェットの物理的性質を深く探る事ができる。


(5)AGN降着流、コロナの直接撮像
セイファート銀河やクェーサーにおいて、降着円場からは膨大な輻射が放出され、円盤 上空にある光学的に薄い高温ガス(コロナ)からはX線を出していることが知られている。 他の波長帯でコロナが観測された例はないが、理論的には熱的なシンクロトロン放射に よって1-20GHzの振動数での放射が予想されている。SKAでは、近傍のセイファート銀河 に対してはコロナの直接撮像が可能であると考えられる。

図1: 観測可能な表面輝度と最大基線長とフラックスの関係(左:z=2, 右:z=7)。緑の直線はそれぞれ表面輝度106,107,108Kに対応し、赤の破線は表面輝度105 Kに対応している。 図2: AGNジェットのサイズとピーク振動数の赤方偏移との関係。青、緑、赤がそれぞれ0.1 , 1, 10 kpcのサイズの天体に対応している。

SKAによるアストロメトリ研究(松本、今井)

SKA は高分解能・高感度を兼ね備え、約10μ秒角以上の精度での天体絶対位置及びそれ 以上の精度での天体相対位置の計測を行える可能性を持っている。この高い位置天文精 度があれば、事実上、銀河系内で検出できる全天体の年周視差と系外銀河の固有運動が 計測可能である。SKA では主に、パルサー、X 線連星、銀河系内メーザー源の年周視差・ 固有運動計測の重要性に注目している。他にも、適応範囲は広く、宇宙の距離指標・ 0.5mJy 以上のフラックス密度を持つ全ての電波源の固有運動・星のふらつき運動を用い た星から1kpc 以内にある木星サイズの惑星の検出・局所銀河群の距離や固有運動の計測 なども考えられている。

1. パルサーによる重力試験(関連:キーサイエンスプロジェクト Strong-field Tests Gravity Using Pulsars and Black Holes)
本研究はパルサーを用いて、強重力場における重力試験(一般相対性理論の検証等を含 む)を目指している。アストロメトリに関しては、SKA によって高精度な年周視差と絶 対固有運動計測が可能なパルサーの数が圧倒的に増加することが期待されている。パル サー対までの正確な距離と太陽から銀河系中心までの正確な半径R0、正確な太陽系の回 転速度v0 により、中性子星連星を使って、重力理論の試験をより高精度化する事ができ る。一般相対性理論で予測される重力波によるエネルギー損失で軌道周期が伸びる割合 (P・b)と実測値と比較するためには、P・bをもたらす他の要因を見積り、差し引く必要 があるからである。その要因は、連星系内での加速・観測者の太陽系重心に対する加速・ 横方向速度による見かけの加速 (Shklovskii 効果)が考えられる。例えば、PSR J0737-3039A のVLBI 観測では、新しく測定された年周視差距離と固有運動計測から推定 される軌道周期の導関数P・bに対する銀河系運動の寄与は、相対性理論の寄与よりも4 桁小さいことが分かった。これは、相対性理論の試験を0.01%の精度でできることを示唆 している(Deller et al. 2009)。SKA は、X 線よりも高い角分解能/時間分解能による 観測が可能な電波観測装置である。また、従来のパルサータイミングによる距離測定法 では約3600 ミリ秒パルサーの場合、20%以上の精度で距離決定できるのは9kpc 先の天体 までであるのに対し、SKA による年周視差計測は、パルスの周期に依存しない方法であ り、13kpc 先の約9000 もの天体について精度20%以上で距離決定できると予測されてい る(図1)。
重力波検出以外にも、年周視差計測によって得られた高精度な距離や絶対固有運動計測による銀河系内の電子密度分布の高精度化・パルサーの誕生に関する研究・中性子星の光球サイズを求めて状態方程式に適用する研究も想定されている。

図1:Smits et al. (2011)より、年周視差とパルサータイミングに よる距離測定の精度と天体数の比較。π/Δπ=5 にある線は誤差 20%に対応する。


2. 銀河系磁場のトモグラフィーモデル(関連:キーサイエンスプロジェクト Cosmic Magnetism)
ウェーブレットトモグラフィー法を用いて銀河系磁場を求めるにあたり、パルサーの回 転指数 (rotation measure) と回転指数 (dispersion measure)と距離の情報が必要であ る。前項にも述べた通り、SKA によるパルサーの年周視差計測は、従来のパルサータイ ミングによる測定精度・観測可能な天体数を上回っている。したがって、この高精度位 置天文により、広域銀河系磁場の最良なモデルを得る事が期待されている。


3. 恒星質量ブラックホールの形成
X 線連星の全3次元空間速度を多数の天体について得る事で、恒星質量ブラックホール 形成の理論モデルに制限をつけられることが期待されている。一般的に中性子星は、そ の形成時に“キック”を受けることが知られている。これは、超新星爆発の極度な非対 称性によるもの、もしくは、形成期の質量放出による反動だと考えられている。パルサー が異常なほど高速度であるのは、共通して、超新星のキックによるものだと考えられて いる。一方で、恒星質量ブラックホールについては、その形成期のどこでキックを受け るのかが定かではない。理論モデルでは、最も重いブラックホールは、元となる星が少 量の質量放出をしながら直接つぶれる事によって形成されると予測されている。これら の系が高速度を示すことは予測されていない。もっと質量の軽い系は2つの段階を経て 形成されると考えられている。始めに中性子星が超新星爆発中で生成され、その結果、 恒星質量ブラックホールの形成が起こる。これらのより質量の小さい系は、中性子星と 同様に、高速度を持つと考えられている。 最も重いブラックホールは、初期の超新星爆発を含む2段階の仮定を経たのではな く、直接つぶれてできたのか?2つのブラックホール形成メカニズム間の質量の境界 線はどこか?連星とコンパクトな天体の質量はどのように超新星爆発に影響を与えた のか?他波長のデータと合わせることで、高精度な距離・固有運動計測はこれらの重 要な疑問に迫る事ができると期待されている。


4. 測地観測による高精度なリファレンスフレームの決定
SKA では複数のサブアレイを用いて同時に電波源を観測することにより、対流層や電離 層による天体位置計測への影響を著しく軽減できる。さらに、これまでアンテナ数が限 られていた南天で、長基線かつ十分な(u,v)がSKA によって得られるようになると、これ まで絶対位置天文や測地の精度を制限していた南天でも高精度天体位置計測データが揃 う。これにより、クェーサーの高精度な位置計測が可能となり、基本的なクェーサーの リファレンスフレームが10μ秒角未満で定義でき、光学・太陽系・クェーサーのリファ レンスフレームをかなりの精度で結びつけられるのではないかと期待されている。


5. 位置天文と宇宙論
高精度な電波位置天文により、クェーサーの固有運動が分かると、以下の3つの大きな 問題に迫ることができる。(1)重力波検出、(2)ハッブル定数の異方性、(3)永 年光行差定数(太陽系重心の加速)の測定。 25年間2000 天体以上のデータを持つIVS データベースを用いたクェーサーの固有運動研 究から、天球面上のクェーサーの固有運動分布には双極子と四極子の両方パターンの特 徴があることが示唆された。双極子パターンは太陽重心の銀河中心加速による永年光行 差ドリフトの構造をしめしていると解釈できる。四極子パターンについては、ハッブル 定数の角度異方性の構造、もしくはインフレーション宇宙から自然にでてくる、とても 周波数の低い重力波の徴候として解釈することができる。
歴史的に、北天にくらべ、南天のクェーサーの位置精度は良くない。したがって、南天 のクェーサーの高精度かつ質の良い固有計測をSKA で行う事により、クェーサーの固有 運動パターンの真の要因を突き止めることが期待されている。背景クェーサーの手前を 通り過ぎる遠方銀河による重力レンズ効果の多数検出が、重力波放射検出に対して背景 雑音として予想される。


6. 銀河系内メーザー
6.7 GHz 帯メタノールメーザー源は大質量星形成が進んでいる現場の優れたトレーサーである。GAIA の位置天文ミッションは銀河系のマップを銀河系スケールで描く事だが、銀河面や銀河中心方向はダストの吸収による困難さがある。そこで、SKA による6.7 GHz 帯メタノールメーザー源の位置天文により、ダストの制限を受けずに銀河系全体の腕構造や回転を描き出す点でGAIA の補間になる。銀河系の腕の構造のマッピングは銀河系磁場のマップとの比較において重要になると考えられる。

図2:Reid et al. (2009)より、銀河系の想像図(R. Hurt:NASA/JPL-Caltech/SSC)と年周視差計測が行わ れた大質量星形成領域の位置。